ときに"モーガン"、ときに"たけちゃん"、そろそろもうひとつ名前が欲しい。
2009年 02月 08日
L&F同窓会@浜松
長いです。


大阪時代、中高一貫だったことを良いことに、音楽にうつつを抜かしていました。
(のは僕だけだったと、大学受験の結果で気づきましたが)
中学3年に「Loaves & Fishes」(以下L&F。仲間は「エルエフ」と呼んでいました)というバンドを組んで、
高校2年まで、あくまで学校の近辺で活動していました。

中3にして最初のバンド活動が、レコーディングスタジオでのアルバム制作 !!!
時は1984年、季節はちょうど体育大会前、ロス五輪の影響もあって、
体育大会の公式サウンドトラック制作、という暴挙に出たのでした。
もちろん「公式」であるはずもなく・・・
街の録音できるスタジオを1日借り切って、プロミュージシャン気分でした。

今にして思えば、僕がコンポーザー・アレンジャーを志す布石となった出来事かも知れません。

高校に進学し、メンバーの数人が放送部に入ると、
彼らと一緒に、部員でもないのに放送室に入り浸るようになりました。
放送室の遮音性は、ミュージシャン気取りの僕たちにとっては、音楽室よりも快適な環境で、
そんな流れから、あの時できなかったアルバム制作を、
今度はソロアルバムという形に変えてスタートさせました。

放送室に楽器を持ち込んで、毎放課後、ダビング作業をしていました。
マルチトラックレコーダーなんてありません。
シーケンサーもありません。そんなものあっても使えません。パソコンなんて夢、幻・・・。
カセットからカセットへ1パートずつ弾き足しながらダビング・・・・
僕らの世代の誰しもがやった手法です。
リアルタイムプレイの緊張感は、こうやって学んでいったのです。
だんだんピッチが変わってくるので、その都度チューニングを合わせます。
どんどんハイ落ちするので、ダビング回数の計画と見極めが必要です。
そうやって作った計8曲のデモテープは、仲間の参加もあって賑々しく披露されました。

L&Fは、学園祭前夜祭という、バンドが一番注目を浴びるステージに立ちたくて、
メンバーの家の空きスペースに安いドラムセットを買い、
アンプを持ち込んで、セルフ・リハスタを作り、そこで頻繁に練習セッションを重ね、
オーディションに毎年エントリーしましたが、
選曲のマニアックさと演奏の出来の悪さで落選、いつも有志企画のステージを温める役回りでした。
心の中で「こんなレベルで俺はプロになれるのか」とひとり焦りを感じていました。
結局受験準備前、高校2年に、衣裳もバッチリ決めて解散ライブを行い、L&Fは活動終了。
最後のライブでは、先に制作したソロデモテープからも数曲演奏しました。

紆余曲折あり、大学へ入学。
メンバーの1人とは大学時代にも交流がありました。
夏休みになると、彼の所属する京都のK大軽音楽部に顔を出しては、一緒にセッションをしました。
東京に呼んで、高円寺で一緒にライブもしました。

社会人になって、僕が運良く音楽の仕事ができるようになってからも、
彼のバンドが東京に来た際、ライブに飛び入りでゲスト参加しました。

ここ10年ほどはすっかり年賀状だけの付き合いだったわけですが、
昨夜、ジョージさんのコンサートに駆けつけてくれ、本当に久しぶりに再会を果たしました。


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L&Fのキーボーディストとベーシストです。



現在、彼はY社に在籍し、僕はどちらかというとR社寄りですが、
「音響建築に進みたい」「コンポーザーになりたい」という当時の互いの目標と、
「できたホールのこけら落としは俺がやる」といった
心温まるドラマに出てくるような約束を交わしたことも、恥ずかしながら全部事実で、
まあそれは叶わないにしても、
こうやって同じ時間を過ごせることが有り難かったりするのです。

この数時間後、呂律がまわらなくなるくらい、酔っぱらいました。
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by morgan1969 | 2009-02-08 15:18 | 雑記
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