ときに"モーガン"、ときに"たけちゃん"、そろそろもうひとつ名前が欲しい。
2006年 11月 24日
いじめ
相手より優位な立場にいると、人は強くなったと勘違いする。
「優位」という表現をしたけど、それ自体本人たちの妄想にすぎない。

人種・宗教・民族差別は言うまでもなく、貧富、住んでいる場所、体格、性別・・・
どんな要素にも持ち込む悪知恵は、ある意味大したものだ。

僕がいつも気になる日常のなにげない姿。
客としてお店に入るだけで、横柄な態度・モノの言い方をする連中のどれだけ多いことか。
客はそんなに偉いのか?

昨日観に行ったサッカーの試合で、
相手チームの特定の選手を中傷する横断幕を掲げた人たちがいた。
結果、自分たちの愚行で、自分たちの愛するクラブが謝罪することに。

どんな人のDNAにもこの感情は組み込まれていて、
残念だけど、消えることはないだろう。
でも、意思と行動でコントロールできる感情であるはず。

のび太とジャイアンの構図は、とってもわかりやすい。
ドラえもんから道具を借りて復讐するのび太を見て、僕たちは痛快に思うけれど、
ちっぽけなアドバンテージを得た人間の本性も、寂しく垣間見える。
そして子供の頃の自分を重ね合わせたりする。
ときには反省もする。

僕はいじめのような受難は記憶にない。
だからいじめについて語る資格はないかもしれない。
でも素朴な質問がある。
極限まで追いつめられた子たちの微弱なSOSなんて、キャッチできるのだろうか。
そんな観察力、どうやって養おうか・・・・・教師と呼ばれている人に聞きたい。

話は逸れるけど、やっぱり教職は、一定の年齢以下の人間は就くべきではないよ。
僕は23歳で大学を卒業して、番組制作会社へ入った。
社会・業界のことをなにひとつ知らない、ぺーぺーADだ。
そんな同い年の人間が、これからの子供たちに何が教えられるの?
いじめがすべて先生の責任だとは思っていませんが。

この醜くて悲しいことが、
今の日本だから起こるのかどうかはわからない。
明日の食料が手に入る保障もないような国でも、起こっているのかもしれない。

僕は追いつめられた子たちに何もしてあげられないけれど、
くだらないことで「優位」という邪心を持たないと誓うことはできる。
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by morgan1969 | 2006-11-24 12:51 | 雑記
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